先日の中日新聞、「柴犬フランス歩記」浅野素女さん(フリージャーナリスト、指圧施療師)で、「AIビーガンの苦悩」という内容のコラムがありました。
Aiビーガン、初めて聞きました。
内容は
【若い弁護士が職場で生成AIの利用を強いられ、それが強いストレスと将来への不安を引き起こして体調を崩した。
地球環境の保全のために積み重ねてきた市民の努力を破壊するテクノロジーへの怒りや、疑問を持たずAIを使いこなす同僚への強い違和感、そして「こんな世界で生きていけるのか」という将来への絶望に直面している。効率を求められる若い世代の中で、環境負荷や著作権侵害を拒絶する彼ら「AIビーガン」は、加速し続ける世界で孤独にもがき、悲鳴をあげている。】
なんかわかる!私もAIビーガンがちょっと入ってるかもしれない!

①身近な人にあることを質問した時、「AIはこう言っているよ」と返された瞬間にとても残念な気持ちになる。
調べることは自分でもできるんだよ。その答えは合っているんだろうけどそんな返事は欲しくない。
ほんの数分でも自分のために考えてほしい、そしてあなたのその考えを聞きたい。
時間と労力をかけてほしい。AIは手間を省かれた感じがしてしまう、というのもあるかもしれない。
②AIで描かれたポスターやチラシ。
説明できない違和感とこちらも残念な気持ち。
描いた方が何を思ってデザインしたのかな、どうしてこういう構図にしようという発想がでてくるのかなとか、そんな思いを馳せることができにくいからなのか。
AIで一枚の絵を仕上げるにしても、きっと何度もやり直したり修正をしているのかもしれないのだけれど、それでもなんだかな。手を動かしてほしいのかな。

コラムにもあったように、『AIで効率を追う事から距離を置いてしまう。自分の手を使い、頭で考えるプロセスこそが生きる事の楽しみ。』
まさにそれ。
それを周りにも求めてしまっているんだと思う。
不便益、足るを知る、という言葉が身に染みてわかってきた今日この頃。
スピードを求めすぎなくてもいいのに、今のこれで十分幸せなのに。
うーん、でも技術の発展には不便益、足るを知る、は良くないのかな。
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AIビーガンという定義を調べずに書いてみました。
ここまで書いた後で調べてみたら、やっぱりもっと奥深かったわ。
いつも考えが浅い。考える=尊い、くらいのこと書いたのに。
私は【ただ新しいことについていけていない人】という表現が近い人間だと思う。
r手間の象徴あみぐるみ