なぜ痛みや辛さを知って欲しいと思うんだろう。
そんなに辛かったんだね、大変だったね、の一言がほしいんだろうか?
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思えばつわりの時も、今どんな症状で、どれだけ辛くて自分が大変な状況なのか周囲の人たちに伝えようとしていた。
なかなか最後まで聞いてもらえなかったり、(今思うとそんな辛い話を聞いていたくないというのもわかる)、ふーん程度の相づちだったり。
つわりを経験したことがある方は、「うん、つわりは辛い、どうにもならないよね」と欲しかった反応をくれた。こうするとラクになったよ、という話は有難かった。それだけでよかった。「私の時はこうだった・・」という話は要らなかった。
つわりを経験したことが無い人に、「辛さが伝わった」と感じたとき一番気持ちがすっきりした。簡単に言うと、胃腸風邪の強い吐気と嘔吐がつわりに似ていたことから分かってもらえた。
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今週の火曜日の朝、腰椎椎間板ヘルニア(様)症状が起きた。お尻から足の痛み、痛みが強すぎてしびれが出ていることに2時間くらい気付かなかった。
その日は、泣き言のメールを整動鍼の先生に一方的に送りつけた。
激痛で身動きができなかったのは発症当日のみで、翌日には痛みは治まっていた。しびれは残っているが普通の一日を送れるほどに回復した。車の運転だけはやめたけど仕事もできた。
腰椎椎間板ヘルニアの方のブログや知恵袋などを読む限りでは、一日で激痛が治まることはあまりないようで、自分の回復の早さに感動しこれは鍼のおかげに違いない!(これについてはまた書きたい)とツイッターに書き込んだ。
最初は鍼の効果と回復の早さを訴えたくて書き込んだ。
症状の経過を書き込んでいくうちに、なぜか最初の日の激痛をどうにかしてわかってもらいたいという文章が現れ始めた。
●一歩も身動きできなかった
●叫ぶほどの痛みだった
足りない。どの様に伝えれば、経験したことのない人に分かってもらえるのか??
●一人目の陣痛分娩以来の泣き叫ぶ痛み(痛みは陣痛の次くらい)
●子どもたちに多くを求めない、健康に生きて欲しいという考えに変わった
●活法の三本川を受けても大丈夫だった私が今回は痛くて半泣きで叫んでいた
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今日はあいち航空ミュージアムへ!行ってきました。またあの痛みが来たらと思うと怖くてまだ運動まではできませんが、今はしびれだけになり、走ることもできるようになっています。
発症当日から、自分で鍼をして症状の変化を細かく追えているので、経過を書いておこう、と書き留めています。
気が付くと超長文。
どんなに辛くて大変な思いをしたのかをつい伝えようとしてしまうため、こうするのにも大変だった、こんな動作が必要だったけど・・というのが多くなっていました。
見やすいように、書き直します。
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真面目に書くと、、、鍼灸師として患者さんのことを考えました。
痛みが分かってもらえるということも、わかろうとしてくれることも、もちろん安心になります。でも、安心の一部分。寄り添うということのほんのほんの一部分にすぎないかな。
自分が治療をしてもらいにいったとき、どんなことを考えてほしいのか、何を求めているのか?患者さんの身になりすぎるほどなれました。